クラフトコーラの歴史をひもとく前に
棚の奥から取り出した古い植物図鑑のように、コーラの歴史には思いがけないほど豊かな物語が詰まっています。現代のクラフトコーラブームを語るとき、その根っこをたどれば19世紀の薬局にたどり着く。スパイスと植物素材への真摯なまなざしは、実は150年以上前から続いているものなのです。
コーラという飲み物がどこで生まれ、どんな思想のもとで育ち、なぜいま「クラフト」という言葉とともに再評価されているのか。その流れを知ると、一杯のクラフトコーラがまた違った味わいに感じられるかもしれません。

コーラの起源——19世紀アメリカの薬局から生まれた飲み物
コーラの歴史は、1886年のアトランタにはじまります。薬剤師のジョン・スティス・ペンバートンが調合した「フレンチ・ワイン・コーラ」と呼ばれるシロップが、その原型とされています。当時の処方には、西アフリカ原産の「コーラナッツ」と南米原産の「コカの葉」が使われていました。コーラナッツにはカフェインが、コカの葉にはコカインが含まれており、疲労回復や頭痛の緩和に効くと信じられていた植物素材です。
この飲み物は当初、薬局のソーダファウンテン(炭酸水を扱う薬局の販売台)で販売されていました。医薬品と飲料の境界が曖昧だった時代、「体に活力を与える滋養強壮飲料」として売り出されたのです。やがてコカの葉由来の成分は配合から外され、炭酸水と組み合わせた清涼飲料水として全米へ広がっていきます。
ここで重要なのは、コーラの原点がスパイスや植物エキスの「調合」にあったという点です。薬剤師が植物の力を信じて配合を重ねた行為は、現代のクラフトコーラ職人がシナモンやカルダモン、コーラナッツを丁寧に選び合わせる姿勢と、根本的には同じ精神を持っています。
大量生産の時代——コーラが「工業製品」になるまで
20世紀に入ると、コーラは急速に工業化の道を歩みます。ボトリングシステムの普及とともに、瓶詰めされた炭酸飲料は全国へ、そして世界へと流通するようになりました。マーケティングの力も加わり、コーラは「アメリカ文化の象徴」として世界中に浸透していきます。
この過程で、コーラの製法は徹底的に標準化されました。どこで飲んでも同じ味を実現するために、スパイスの配合は企業秘密として管理され、人工香料や保存料が使われるようになっていきます。かつて薬剤師が植物ひとつひとつの性質を考えながら調合していた飲み物は、工場の生産ラインで均一に作られる大量消費財へと変わっていきました。
便利さと引き換えに失われたのは、素材の個性と作り手の物語です。消費者がコーラに求めるものも「刺激的な甘さと炭酸」という感覚的な体験に絞られ、「何が入っているか」「どこで作られたか」という問いは、長い間忘れられていました。
- コーラの原点は19世紀アメリカの薬局で生まれた植物エキスの調合飲料
- 20世紀に工業化・標準化が進み、スパイス素材の個性は均一化された
- 「何が入っているか」という問いへの回帰が、クラフトムーブメントの伏線となった
クラフトビールが切り開いた道——「手作り」という価値観の復権
クラフトコーラの台頭を語るうえで欠かせない文脈が、クラフトビールの隆盛です。1970〜80年代のアメリカで、大手ビール会社の画一的な製品に飽き足らない醸造家たちが小規模な醸造所(マイクロブルワリー)を立ち上げ、地域の素材や独自のレシピにこだわったビールを作り始めました。
「クラフト(craft)」という言葉には、職人の技と素材への敬意が込められています。大量生産では実現できない複雑な風味、作り手の顔が見える透明性、地域性や季節性——こうした価値観が消費者に受け入れられ、クラフトビールは一大カテゴリーへと成長しました。
この流れはやがてコーヒー(スペシャルティコーヒー)、クラフトジン、そしてソフトドリンクの世界にも波及します。「何を飲むか」ではなく「どう飲むか」「誰が作ったか」を重視する消費者が増え、素材の産地や製法を開示した飲み物への需要が高まっていきました。クラフトコーラはその文脈の延長線上に生まれた存在です。

2018年、日本発のクラフトコーラ元年
クラフトコーラという言葉が日本で広く知られるようになったのは、2018年のことです。同年春、アメリカ生まれの「キャレブズコーラ」が日本市場に紹介され、「クラフトコーラ」という呼称が初めて使われました。そして同年夏、東京・下落合を拠点とする「伊良(いよし)コーラ」と「ともコーラ」が相次いで登場し、国産クラフトコーラの扉が開きます。
伊良コーラはコーラナッツを主役に据え、スパイスと柑橘を組み合わせた本格的なシロップで注目を集めました。自家製コーラという概念はそれ以前にも一部のレストランやカフェで存在していましたが、シロップという形で流通に乗せたことで、一般の消費者にも届くようになったのです。
その後、クラフトコーラは急速に多様化します。各地のスパイス専門家、農家、料理人、バリスタたちが自分なりのレシピを持ち寄り、その土地ならではの素材を使った個性豊かなコーラが全国で生まれました。現在では数百種類ものクラフトコーラが存在するとも言われており、特に柑橘や砂糖の産地である九州・四国での生産が盛んです。大手飲料メーカーも参入し、クラフトコーラはひとつの確立したカテゴリーとして認知されるようになっています。
夜の文化としてのクラフトコーラ——「ととのう」という新しい文脈
クラフトコーラがサウナ・銭湯・ヨガといったウェルネス文化と結びついてきたのは、偶然ではありません。スパイスや植物素材を丁寧に煮出したシロップには、香りと温度と甘みが一体となった、独特の落ち着きがあります。アルコールを含まないにもかかわらず、一杯飲むことで「切り替わる感覚」を得られる飲み物として、平日の夜に選ばれるようになってきました。
かつてコーラが薬局で「体に活力を与えるもの」として売られていたことを思えば、現代のクラフトコーラが「夜の疲れをほぐすもの」として位置づけられているのは、ある意味で原点回帰とも言えます。素材の力を信じ、丁寧に調合するという姿勢は、150年の時を超えて受け継がれているのです。
ノンアルコールの選択肢が豊かになったこと、素材の透明性を求める消費者が増えたこと、そして「何を飲むか」が自分のライフスタイルを表現する手段になったこと——これらの変化が重なり、クラフトコーラは単なる飲み物を超えた文化的な存在になりつつあります。

まとめ
コーラの歴史は、植物の力を信じた一人の薬剤師の調合からはじまりました。工業化によって一度は均一化されたその飲み物が、クラフトビールをはじめとする「手仕事の価値観」の復権を経て、再びスパイスと素材の個性を取り戻しつつある。2018年の日本で花開いたクラフトコーラムーブメントは、その大きな流れの中の一章です。
歴史を知ることは、一杯の飲み物をより深く味わうことにつながります。コーラナッツの苦み、シナモンの甘い香り、カルダモンの清涼感——それぞれの素材に込められた時間と物語を思いながら、今夜のグラスを傾けてみてください。「夜にととのう、大人のクラフトコーラ」という言葉には、そんな長い歴史の積み重ねが宿っています。
